先輩の声

Senior Voice

私たちと同じStageに立とうとしている
皆さんへ

第一線で活躍していらっしゃる先輩諸氏に、これから診療放射線技師を目指そうとしている皆さんのメッセージをいただきました。先輩方の輝いた表情と、充実した活躍を裏付けるお話は、きっとあなたへのアドバイスとして、とても役立つはずです。「自分は診療放射線技師になれるのか」「私の将来の目標は」等、様々な角度で3人からのメッセージを受け取ってください。

ヒューマンスキル「人間力」を持った人材です

テクニカルスキルを習得するのは当然。
いま医療現場でもっとも必要とされる人材は
ヒューマンスキル「人間力」を持った人材です。

私は、本校の2回生として卒業しました。当時は本校に医療機器や設備もなく、とても充実した状況にはありませんでしたが、国家資格を取得という目標に向かって教師と生徒の一体感があり、とても充実した学生生活が送れたと記憶しております。 近年、医療を取り巻く環境は厳しさを増すばかりであり「チーム医療」をキーワードに医療現場で求められる人材は、ただ単に資格者なら良い訳ではありません。患者の皆さんや仲間の医療者から「安全・安心・信頼」が求められ、その上で質の高い医療情報を提供できる人材こそ必要とされているのです。 我々は診療放射線技師としての専門性を身に付けるべきテクニカルスキルを習得するのはとても重要ですが、いま医療現場でもっとも必要とされる人材はヒューマンスキル「人間力」を持った人材なのです。

医療機器を通して患者さんと真摯に向き合う診療放射線技師が必要なのです。

医療機器を通して患者さんと
真摯に向き合う診療放射線技師が必要なのです。

医療機器を単に取り扱う技師ではなく、医療機器を通して患者さんと真摯に向き合う診療放射線技師が必要なのです。 また、病態そして画像診断を学ぶことで、より質の高い検査や治療を提供することが求められると共に 医療安全の観点から一次救命や薬理の知識も必要とされる時代であり、医療現場では日々変化しています。 明確に目標がある皆さんだからこそ、学生生活という限られた時間を無駄に過ごしてほしくないと願っています。

昭和50年3月卒業 第2回生

公益社団法人 日本診療放射線技師会 前副会長
公益社団法人 愛知県診療放射線技師会 監事

昭和50年3月卒業 第2回生。同年4月より医療法人豊田会刈谷豊田総合病院に勤務。 長きに渡り放射線技術科の部長として携わり、現在は放射線技術科顧問として診療放射線技術部門の指導的役割を担っている。 また、公益社団法人日本診療放射線技師会副会長をはじめ、 公益社団法人愛知県診療放射線技師会会長などを歴任しており、会員である診療放射線技師の指導育成に尽力している。 著書には「すぐに役立つ消化器画像用語辞典」「放射線技師プロフェッショナルガイド」「腹部超音波ポケットガイド」など多数ある。

勉強に専念できる環境。試験前はクラスメートと励まし合い、頑張ってこれた3年間でした。
平成30年3月卒業 第45回生

社会福祉法人聖隷福祉事業団
聖隷浜松病院 放射線部

平成30年3月卒業 第45回生。同年4月より聖隷浜松病院に勤務。現在放射線部放射線技師として、第一線で活躍。勉強しながら現場での充実した日々を送っています。

勉強に専念できる環境。
試験前はクラスメートと励まし合い、
頑張ってこれた3年間でした。

母が看護師をしていたため、漠然と医療系に進みたいと考えていたところ、放射線技師という仕事を知りました。原発事故で放射線がマイナスのイメージに伝わってくる反面、医療で役に立つものだと改めて興味がわき、この学校に入学を決めました。
早く働きたい、と思っていたので、その希望が叶うのも魅力的でした。
学校では毎日しっかりとカリキュラムが組まれ、勉強ばかりでくじけそうになりましたが、 クラスメートと勉強を教えあったりしているうちに、クラスで団結するようになりました。 先生との距離が近く、質問がしやすいので、わからないことを気軽に聞ける環境でした。今思えば非常に有意義な3年間だったと思います。
就職してからは、授業で習った座学と現場で必要な知識が違うこともあり、毎日勉強をさせていただいています。

勉強に専念できる環境。試験前はクラスメートと励まし合い、頑張ってこれた3年間でした。
平成26年3月卒業 第41回生

西尾市民病院 画像情報室

平成26年3月卒業 第41回生。同年4月より西尾市民病院に勤務。先輩のアドバイスを聞きながら真摯に物事に取り組み、学会発表を行うなど、常に勉強を怠らない姿勢は、後輩たちのお手本となっています。

悩みを共有し、一つの目標に進んでいける。
クラスメートとは、卒業した今も
連絡を取り、支えあっています。

祖父が倒れた時に、何もわからないまま時が過ぎていくのが悔しくて、 「自分で何か理解できるようになりたい」と思ったことがきっかけで医療系に進みたいと思いました。 母に相談したところ、この学校を教えてもらい、見学会でも先生が親身になって対応をしてくれたのが印象に残っています。
学校では、目標が同じ仲間が集まってゴールに向かって進んでいったので、就職した今でも連絡を取り合い、支えあう密な関係が築けています。
就職してからは大変なこともたくさんありましたが、先輩たちにアドバイスをいただきながら、学会発表を行ったり、充実した仕事環境を得られています。
同じステージで切磋琢磨しあえた仲間と一緒に支えあっていけた学生時代は、私にとって生涯かけがえのないものです。